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ナイキシューズ革命
“厚底”が世界にかけた魔法

ナイキシューズ革命
著者
出版社 ポプラ社
出版年月 2019年5月
価格 1,500円
入手場所 楽天ブックス
書評掲載 2019年6月
★★★★☆

 長い歴史を持つマラソン界で、いままさに革命が起きている。
 かつてはスピードスケート界でスラップスケートが登場し、競泳界ではレーザー・レーサーの着用が議論を巻き起こした。
 スポーツ界では、ときに画期的な商品が社会現象にまで発展するが、いまこのシューズが、マラソン界に熱い話題を提供してくれている。

 昨年(2018年)の東京マラソンで、2時間06分11秒の日本記録を樹立した設楽悠太。
 シカゴマラソンで、それを上回る2時間05分50秒を叩き出した大迫傑。
 福岡国際マラソンで、2時間07分27秒で14年ぶりとなる日本人優勝を成し遂げた服部勇馬。
 そして世界で初めて2時間1分台(2時間01分39秒)の驚異的な世界新記録を樹立したエリウド・キプチョゲ(ケニア)。
 彼らの共通点は、鮮やかな原色に彩られたアッパー生地と、白いスウッシュラインだ。
 あの厚底シューズはなんだ?
 薄底が主流のロードレース業界にあって、これまでとは全く異質なシューズの登場は、この世界を長く見てきたファンにとって、非常に興味を惹かれるトピックだ。

 私とほぼ同世代の著者も同じ感覚を抱いたようで、本書はその秘密を探るべく設楽、大迫、服部らのインタビューを通じ、そしてまたアメリカのナイキ本社を訪れ、厚底シューズのテクノロジーに迫っていく。
 これまでのシューズは、地面からの反発を推進力に変えることがコンセプトの中核で、薄くて軽いことが常識と考えられていた。しかし、このシューズ「ズーム ヴェイパーフライ 4%」はクッション性と反発性を両立させるべく、航空宇宙産業の分野から取り寄せている(P100)という新開発のフォーム(クッション部分)と、カーボンファイバー製プレートを導入し、つま先がせり上がっている独特の形状を採用した。
 開発当初の目標は、ランニングエコノミーを3%良くすることが目標でした。クッショニング、プレートの硬さ、シューズの軽量化。それぞれが1%ずつ良くなれば、目標に近づけるのではと考えたのです(P120)ということだったが、開発者のイノベーションがそれを上回るパフォーマンスを実現した。
 シューズで一番大切なのはエネルギーリターンです。着地時に素材が凹み、もとの形状に戻るときにエネルギーが発生しますが、エネルギーリターンは素材の絶対量で変わってきます。効率は同じでも、ソールが厚くなれば、多くのエネルギーをたくわえて、戻すことができる。厚底にすることで、エネルギーリターンが最大85%以上になりました(P121)、と、従来の常識にとらわれない柔軟な発想から、この商品が生まれたという。
 シューズ名に込められた4%という具体的数値には、開発者たちの誇りが込められているようだ。

 だが一方で、かつてIAAF(国際陸上競技連盟)のルールに「バネを使ってはいけない」という条文があったこともあり、一部では「ドーピングシューズでは?」という声も上がっている(P97)といい、規制がかかるのではという懸念も根強い。
 それでも、この画期的な商品がエリートランナーだけではなく、週末のロードレースを楽しむ全てのランナーの注目を集めていることは紛れもない事実だ。
 ナイキはスポーツギアを提供している会社ですが、メーカーの責務として、どんどん新しいことに挑戦していかなきゃいけないと思っています。BREAKING2もそうでした。もしフルマラソンで2時間を切ったとしても、次があるわけで、終わりのない戦いだと思います(P102)と、常にイノベーションを生み出そうとする姿勢を高く評価したい。
 本書は、著者がライターを務める月刊陸上競技に掲載された記事が多く、同誌がきらびやかなプレスイベントの様子などを写真とともに掲載していたのに対し、本書は記事の内容はそのままに、写真が一切無い点で、同誌を毎月購読している読者からすると、やや臨場感に欠けるものの、現代マラソン界を語るうえで欠くことのできない関係者らを取材し、そして一貫したテーマでまとめたという点で、良質の単行本に仕上がっている。

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