朝の連続テレビ小説「とと姉ちゃん」のモデルともなった生活情報誌「暮らしの手帖」。
そんな日本を代表する雑誌の編集長ともなれば、販売部数のプレッシャーがのしかかり、多忙を極めているに違いない。
本書の著者・松浦弥太郎はまさにそのひとりで、編集長に就いてからの3年間に心身ともにすり切れてしまい、睡眠障害や帯状疱疹などの症状に悩まされるまでに至ったという。
心療内科に通い、専門的な診断を受けるものの、薬を飲んで安静にすることが根本的な解決なのだろうかと強い疑問を抱いてしまう。
仕事で多忙であっても日常的なストレス発散ができれば、薬に頼る必要はないはずだ。
著者がランニングを始めたきっかけはそんな思いからだった。
これまで体を動かすことをほとんど行ってこなかった43歳にとって、走ることはとても新鮮だったようで、ああ、体を動かして汗をかく―そんな簡単なことを、僕はずっと忘れていたのだな (P19)と心を揺り動かされると同時に、わずかな距離を踏むだけで疲れてしまう自分の体力に愕然としてしまう。
普通の人ならばこんなつらい体験は御免こうむりたいかもしれない。もしくは軽い気持ちで始めたランニング初心者ならば、せいぜい三日坊主というのが大半だろう。
しかし著者は、医者から処方された薬を飲み続けることよりも、心の底から爽快感を得られるランニングを続けることを決意した。
とりわけ、著者が大切にしているのは「継続」することだ。
仕事でも人間関係でも、暮らしのなかのささいなことでも、そのつどそのつどで、ぷつんぷつんと切れて終わっていることは意外に多いものです、途切れているものは、何もやっていないのとは違いますが、何かとつながることはないし、積み重ねにもなりません。ですから、成果としては結局、何も得られないのです (P28)と、点ではなく線でつなげることこそ結果につながると信じている。
そのまじめさが仇になり、1年後にはついにケガで走れなくなってしまうのだが、失敗を前向きにとらえて改善させようという意欲が誇らしい。
自己流のフォームを改善させようと情報収集をはじめ、シューズの履き方や歩き方まで見直した。
ケガをして気づかされたことは、人のアドバイスに耳を傾けることの大切さだ。
「自らの意志を貫く」というのは、ある種の美学のように思えますが、今の僕はそういう心境にはなれません。僕は、まわりのことは気になるし、人の意見も聞きたいし、自分をどんどん変えていきたいです (P60)という柔軟な発想には、同世代の私にとっても心打たれる一言だ。
現代社会は変化が激しく、それに比例して働く者にとっては精神的なストレスも高まっていることだろう。
そんな多くのビジネスパーソンにとって、本書はひとつの処方箋を与えてくれるようだ。
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