著者 |
奥野史子 |
出版社 |
小学館 |
出版年月 |
2008年12月 |
価格 |
\1,300 |
入手場所 |
市立図書館 |
書評掲載 |
2009年3月 |
評 |
★★★☆☆ |
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「奥野史子」といえば、シンクロ(シンクロナイズドスイミング)界で日本のエースとして活躍し、オリンピックをはじめとした国際大会で数々の輝かしい成績を収めてきたトップアスリートだ。
しかし、陸上ファンにとっては、「朝原宣治」の奥様、と言った方がピンとくるかもしれない。
そう、タイトルにある「パパ」とは、日本の誇る「和製カール・ルイス」・朝原宣治のことであり、長らく日本スプリント界を牽引してきたトップアスリートである点では、決して彼女の輝かしい経歴に勝るとも劣らない。特に、昨年の北京オリンピックでは、4継でアンカーを務め、スプリント界の悲願であったメダルを獲得するなど、まさに日本の陸上競技界を代表する名選手だ。 本書は、そんなトップアスリート・カップルの生い立ちから出会い、そして現在に至る過程を、奥様である著者から描いたエッセイで、人前では決して見せることのないお互いの素顔や、トップアスリートであるがゆえの、知られざる苦悩について、懐かしむように振り返っている。
本書は一見すると、「パパ」が主役のように思えるのだが、タイトルとは裏腹に、内容は著者の自伝的記述が中心だ。肝心の旦那様は、おのろけ程度に登場するだけだったので、いささか期待を裏切られた印象を受けたが、読み進めるうちに、シンクロという競技の過酷な世界と、演技の壮大な魅力を教えてもらった気がする。 というのも、シンクロという競技は、一般的に注目度が高い種目ではなく、身近で触れ合う機会が乏しいがゆえに、その凄さがイマイチ実感できないのだ。
しかし、シンクロという競技は、われわれが想像しているよりも遥かに激しいトレーニングを積んでいるようで、1日10時間を超える練習もあるという。時には息を止めている間に失神してしまうことも珍しくないほどに、死に物狂いで競技に取り組んできた様子が臨場感豊かに伝わってきて驚かされた。 なかでも、彼女のプロ意識の高さは、軽快な調子の本書においても随所に垣間見られる。それは、シンクロという競技が上述の如く、極めて過酷な競技であるがゆえなのだが、たとえば大学時代に、朝原をはじめとした他の体育会の練習を見ても、「どの競技もユルく感じました (P52)」と感想を漏らしているほどだ。
その後彼女は競技を引退し、スポーツコメンテーターに転身し、生活が一変するのだが、ここで感じた「プロ」に対する洞察がとても興味深い。 テレビで伝えたいことがあるのに、時間がないから割愛されてしまうジレンマ。取材をしていても、のんびりとした空気が流れるキャンプで、平気でタバコを吸うプロ野球選手。 これまでの張りつめた緊張感とは全く異なる環境に戸惑いながらも、「プロとしていただいているお金というのは、求められたことに対しての対価 (P144)」であり、「自己満足じゃダメ (同)」だと考え方を切り替えて以降は、持ち前の負けず嫌いが奏し、仕事も順調に回り始めてゆく。
その一方で、もう一つのジレンマが、彼氏である朝原のおっとりぶりだ。 そろそろ結婚を、と焦る彼女の願いに反し、単身で海外へ練習拠点を移し(しかも彼女に相談なし)、核心に迫っても「まだ結果を残してないからなあ・・・ 」と、のらりくらりと交わされてしまう。決断の遅い朝原にしびれを切らし、別れを決意したことが幾度となくあったそうだが、なんとなく頭の中は陸上のことで一杯になっていそうな、朝原らしいエピソードが満載だ。 一般的に、スプリンターは個性が強く、一匹狼のような選手が多いなかで、朝原のようなちょっぴりおっとりした性格のリーダーがいることが、日本リレメンのチームワークの秘訣かもしれない。 むろん、そのことは、気性の激しい彼女が一番よくわかっているようだ。
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