ほろ酔い気分でインターネットから面白いマラソン大会がないものかと検索していた中年ライターが、酔った勢いでクリックしてしまったフルマラソン。
しかもこの男、ジョギング歴はたった4ヶ月。一回の最長走行距離はわずか15kmのランニング初心者だという。
驚かされるのはそれだけではない。
著者が申し込んだ大会は、警備やサービスの行き届いたレジャーとしてのシティマラソンではなく、西サハラの大砂漠で行われるマラソンだというから、開いた口が塞がらなくなってしまいそうだ。
それにしても、「西サハラ」とは一体どこにあるのだろう?
アフリカのどこかにありそうだ、というのは想像がつくが、なじみがある国とは言い難い。
いや、そもそもそこは独立国家なのだろうか?
そんな疑問を抱きながら本書を読んでいくと、この地域が置かれている複雑な歴史に興味が惹かれてしまう。
「西サハラ(サハラ・アラブ民主共和国)」とは、モロッコの南部に位置し、本書によるとモロッコからの独立運動を行う難民地域だそうだ。
こんな地域があったのか、とさらに調べていくと、驚いたことにこの「西サハラ」はモロッコを除くアフリカ各国だけでなく、中南米や南アジア諸国からも国家承認されているそうだ(ちなみに欧米や日本はモロッコとの関係上、国家承認していない)(出典:「なるほど知図帳世界2011、旺文社」より)。
そんな独立運動に関わる地域で行われるマラソン大会など、本当に安全なのだろうかと心配になってしまうのだが、そこは学生時代より辺境地域を渡り歩いてきた作家だけあって、バックパッカーさながらの泥臭い旅の様子をユーモアたっぷりに伝えてくれる。
たとえば、「アフリカの難民」というと、ワクチンの予防接種のために寄付を募るポスターを思い出し、貧しい人々と言うイメージがあるが、この地域は決して豊かではないものの、自動車がけっこう走っている し、決して貧しく見えない (P43)、というのが著者の印象だ。
そしてなにより、現地の人々がとても温かくランナーを迎えてくれる様子が伝わってきて、読後感が非常に心地よい。
そもそも、このマラソン大会は、彼らの独立運動を国際社会に訴えるという趣旨で開催されているため、もはや参加者もレースの結果には執着していない。
たしかにマラソン大会ならば比較的簡単に開催でき、多くの出場者を確保できるという点で、イベントとしては面白い企画なのだろうが、コースはあってないようなもので、ひたすら広大な砂漠を、二キロおきに目印の棒が立てられている (P86)だけの設計で、よくも過去10年も続いているものだと、あきれてしまうぐらいだ。
はたしてランニング初心者の著者は、灼熱の大地のもとでこの過酷なフルマラソンを完走できたのだろうか。
それは本書を読んでからのお楽しみにしておきたいが、一般に難民地域を取材したルポは暗いトーンの報道が多いなかにあって、本書は読者をワクワクさせてくれる点で、価値ある一冊だと言えるだろう。
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