世界最速を競う競技。
100m走は人類が速さを競う最もシンプルにして、注目を集める人気種目だ。
それゆえに、男子は「足が速い」というだけで幼少期は「モテる」。
勉強ができるかどうかはその基準の埒外で、足が速い少年はいつの時代もクラスのヒーローだ。
本書の主人公・トガシも天才スプリンターとして名を馳せ、小学6年生で全国大会優勝するなど将来を嘱望されるアスリートだ。
足が速いことこそ自らの存在価値だと信じて疑わないトガシはしかし、異色の経歴を持つ転入生・小宮の才能に気づいてしまう。
中学でも無敗を続ける一方で、これまで圧倒的に勝っていたライバルとの差が徐々に縮まっていき、負けることに対する恐怖が生まれていく。
そしてついに高校では「陸上部には入らない」と決意するのだが、このあたりの揺れ動く感情が中高生の多感な心情をうまく表現していて共感してしまう。
これまでの孤独な種目から、チームスポーツにも魅力を感じ、仲間の大切さも知っていくのだが、おそらくこの過程が後のストーリーに影響を与える伏線になっているのではないかと思われ、今後の展開がとても楽しみになってしまう。
本作は講談社の電子書籍「マガジンポケット」で連載され、当時から人気があったそうだが、本作の魅力はどこにあるのだろう?
それは、「なぜ自分は走っているのだろう?」「足が速いことに何の意味があるのだろう?」
と、自らの存在価値が揺らぐなかで繰り広げられる葛藤こそが、本作の特徴であり、読者が何度となく考えさせられてしまう哲学的な問いに溢れている点ではないだろうか。
そして、精神的には孤独だったトガシが、走ることだけではない別世界を知り、成長していく様子もまた頼もしい。
絵は荒々しさが残るものの、走ることへ執念を燃やす「熱さ」と、孤独の「冷たさ」との落差を際立たせていて、読んでいるこちらの鳥肌が立ってしまうほどの表現力だ。
2019年7月末現在・全5巻のうち2巻が発行済み。 |