トップページへ戻る全作品リストへ戻る人物伝作品リストへ戻る

高橋尚子 失われた夏

高橋尚子 失われた夏
著者 黒井克行
出版社 新潮社
出版年月 2004年11月
価格 \1,300
入手場所 bk1
書評掲載 2004年11月
★★★★☆

 オリンピック金メダル、世界記録更新と、女子マラソンの歴史を次々と塗り替えた不世出のランナー・高橋尚子。アテネ大会でも優勝候補として、日本中の期待を集めていた彼女ではあったが、代表選考に漏れた彼女がアテネのスタートラインに立つことはなかった。

 2003年東京国際女子マラソン。国内選考会の幕開けとなるこのレースを、圧倒的な強さで制すると注目された高橋選手は、後半に失速し、平凡なタイムで2位に終わってしまった。関係者はもちろん、自身も予想だにしていなかった結果に戸惑い、様々な憶測がマスコミを通じて飛び交ったが、この結果について高橋選手はなにを思い、そして残り2回の選考会を回避するまでに至った過程はいかなるものだったのだろう。

 本書は、小出監督をはじめとした“高橋陣営”を長らく取材対象としている著者が、東京のレースから代表決定までの“まな板の鯉”として過ごした4ヶ月を、そしてそこからオリンピックまでに至る“失われた夏”をドキュメント調に記していて、ごく限られた関係者しか知り得ない、感情の裏まで深く調べられている。
 特に、代表決定後は“アテネは吹っ切った”と思われるコメントばかりを残していた高橋選手が、著者の「(外国に)帰化することでオリンピックに出ることが可能になるんだったら?」という質問に対し、意外にも敏感に反応し、乗り気になってしまっている(P117)辺りに、封印されていた本音が垣間見れた気がする。

 ちなみに、著者はアテネ五輪女子マラソンを取材するために、本番の1年前に実際のコースを自ら完歩するという熱の入れようで、「・・・。アテネを颯爽と駆け抜ける日本人ランナーに一年も早く思いを馳せてしまっていた・・・(P116)」と語ってしまっているところに、一マラソンファンとして共感を禁じえない。
 欲を言えば、やや文学的表現に乏しい印象がある。小出監督や高橋選手といった、マスコミ露出頻度が高く、個性が強い人物を対象としているおかげで、なんとなく状況がイメージできるが、プロの作家であれば、文章だけで読者の想像力を刺激するよう、表情や風景などを活き活きと描いてほしかった。

追伸:この本を購入した日になんと、ヘルシンキ世界選手権選考会に向けてトレーニング中の高橋選手が足部を骨折したというニュースが流れた。オビに書かれたコピーが一層際立って見えてしまって怖い。

トップページへ戻る全作品リストへ戻る人物伝作品リストへ戻る