著者 |
宗茂 |
出版社 |
学習研究社 |
出版年月 |
2008年3月 |
価格 |
\1,200 |
入手場所 |
市立図書館 |
書評掲載 |
2008年11月 |
評 |
★★★☆☆ |
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1976年のモントリオール大会以来、2004年のアテネ大会まで、なんと8大会連続でオリンピックの陸上競技に選手を送り出してきたチームがある。それが、著者が現役選手として、また監督として陸上部を牽引してきた旭化成だ(※ 1980年のモスクワ大会は日本不出場)。
本書は、マラソン界で数々の栄光を獲得してきた著者の少年時代から現在に至るまでを振り返りながら、著者が手探りで身につけていったマラソン練習のノウハウや、指導術を紹介している。 宗茂というと、旭化成という名門チームのエースとして、また監督として数々の有力ランナーを育ててきたため、華やかな道のりを歩んできているイメージがあったが、何度も失敗レースを重ね、悩みながら、マラソンに対する確固たる信念を抱くまでに至っていることが、本書を読んでよく分かった。
特に、当時世界歴代2位の2時間9分5秒という、すばらしい記録で優勝した別大マラソンのわずか2か月前には、福岡国際マラソンの大舞台で、2時間半を超える大失敗を犯している件は、著者にとってその後のマラソン練習を熟成させる転機になったようだ。 なぜなら著者は、失敗レース後の2か月間に、それまでのマラソン練習のセオリーを無視した過酷な練習を自らに課し、その結果が大記録につながったと振り返っている。そして当時のマラソン練習ではあまり例のなかった40km走の必要性を実感したという。
今でこそ、マラソン練習では40km走は当たり前になっている。だが、著者に続く世代の選手たちが、「40km走が当たり前だからやる」といって漠然とこなす場合に比べると、同じ練習を行うにしても、その効果は格段に違ってくる気がする。
この件に象徴されるように、本書の中で、著者が一貫して伝えようとしていることが、練習に対する姿勢だ。 上から言われたことを何も考えずにただこなすだけではなく、自ら練習の意味を考えながら行うことの大切さが、著者の実体験を通じて分かりやすく説かれている。 やらされている練習ではなく、自ら意欲をもって練習することによって、精神的な疲労感は格段に違うと説く姿は、若い世代の選手たちに真剣にマラソンに取り組んでもらいたいという、厳しくも温かい親心が伝わってくるようだ。
一方で、選手時代にマラソン練習を極めたかに思える著者ではあったが、指導者になってからもマラソンの奥深さに頭を悩ませているエピソードが数々登場する点も面白い。 そのなかで私が特に印象に残ったのが、江内谷良一についてのエピソードだ(P89)。 彼は陸上部時代に2時間12分台の平凡な記録しか出せずに、著者から退部を促され、一般社員として勤務していたが、陸上部を退いてから2年後に2時間11分の自己記録を出したという。 勤務の傍らで走ることは続けていたというが、恵まれた環境から一転したことで、集中して練習に取り組んだ結果だろうと著者は分析し、彼に教えられたと吐露している。
そういえば、かつて将来を嘱望されていたランナーのひとりである、櫛部静二が、フルタイムで競技に取り組める環境から去った後に、マラソンで自己記録を塗り替えたという話を、スポーツ雑誌で読んだことがある(Number
670号『櫛部静二 「夢の続き」』 文=渡辺勘郎)。 櫛部はこれまで何をやっていたのだろう。不振の原因を指導者に求めるのではなく、自分でもっと考えて練習すればよかったじゃないか。記事を読んで、そう憤慨させられた印象が残っている。 著者も本書の中で、選手自身にもっと考えることを求めている。 世界のトップアスリートを相手に覇を競う「プロ」なのだから、それぐらいは当たり前。そんなファンの期待があるからこそ、現役選手はもっとマラソンに真剣になってほしい。 著者の悲痛な願いが伝わってくるようです。
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