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孫基禎(ソンギジョン)
帝国日本の朝鮮人メダリスト

孫基禎
著者
出版社 中公新書
出版年月 2020年7月
価格 800円
入手場所 市立図書館
書評掲載 2020年8月
★★★★☆

 1912年のストックホルム大会に、日本がオリンピックへ初参加し、金栗四三がマラソン競技に挑んで以降、マラソンでのメダル獲得は日本の悲願だった。
 奇しくもその1912年に朝鮮で産声を上げた人物が、24年後に日本中を歓喜に包ませてくれた。
 それと同時に、彼が成し遂げた快挙が、皮肉にも当時朝鮮を植民地にしていた日本との民族問題の火種ともなり、スポーツに関する明るい話題とは対極的な社会史として語られることが多い。

 孫基禎に関して、私が興味を抱き始めたのは学生時代だった。
 大学4年ともなると、概ね必修科目は取得し、トレーニングの合間に大好きなマラソン・駅伝関係の本を読むことが多くなっていた。
 日本が歩んできたオリンピックの歴史に関しても知る機会となったのだが、なぜか孫基禎に関しては、日本人メダリストの歴史に挙がることもあれば、ないこともあることが気になった。
 ある書籍では、オリンピック日本代表リストに残っていないこともあり、まるで歴史から抹殺されたかのような扱いだ。
 国家とは何か? 民族とは何か? そしてオリンピックの意義とは何なのかについて考えさせられたのもその頃であり、現在に至っても、日本陸上競技連盟公式サイトによると、「日本陸上競技小史」には、ベルリンオリンピック長距離2種目で4位入賞した村社講平こそ紹介されているが、同大会でマラソン金メダリストの孫基禎と、銅メダリストの南昇竜は紹介されていない(ちなみに同サイトの「オリンピック入賞者」には、なぜか両氏を紹介している)。

 本書は、スポーツ史と朝鮮近代史を専攻する学者による作品で、主に「ああ月桂冠に涙−孫基禎自伝」を引用し、また当時の日朝双方の新聞なども丁寧に読み解きながら、政治、経済などの時代背景を紹介してくれる。
 その調査力と洞察力はさすが専門家であり、たとえば前述の自伝に記載されたレースの日程に関して、他の史実と比較しながらこれは記憶違いである(P32)と指摘したり、明治大学入学を巡る他著の記述に対しても、寺島善一の著書『評伝孫基禎』では、このときの事情を「日本政府は孫基禎の入学に条件を付けた」と記しているがにわかには肯定しがたい(P128)と疑問を呈したりと、当時の時代背景等を鑑みながら、独自の見解を紹介してくれる。

 従って、学術的には大変貴重な文献や意見が紹介されるのだが、その一方で読み物としての面白みは考慮されておらず、歴史の検証記録としての意味合いが強く感じられる内容だ。
 たとえば、前述の寺島による著書では、ベルリンオリンピック直前に、最終的な日本代表を選考する30kmの記録会が行われたことに対して、悪夢のような(評伝孫基禎 P38)と評し、これがなければ本番でより良い記録が期待されたことを悔しそうに語っていたが、本書ではこの件に関して、日本から出場する三名は現地で行った試験走行の結果を踏まえて塩飽玉男、孫基禎、南昇竜となった。(P79)とさらりと事実だけ伝えているに過ぎない。
 つまり、本書はスポーツの歴史というよりは、あくまで植民地の支配側と被支配側の間に立たされ、翻弄された政治史に重点を置いていると言えるだろう。
 そういえば、このコロナ禍において、インターハイや甲子園大会も中止を余儀なくされ、東京オリンピックも延期となった。
 本書を読んで、改めてスポーツとは平和の礎に支えられているのだと考えさせてくれる。

参考書籍:寺島善一著 評伝 孫基禎

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