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不滅のランナー 人見絹枝

不滅のランナー 人見絹江
著者
出版社 右文書院
出版年月 2018年10月
価格 \1,500(税別)
入手場所 平安堂書店
書評掲載 2018年10月
★★★☆☆

 日本では女子マラソンが一時期の勢いに陰りがみられるものの、近年のスポーツ界において日本人女性の活躍が目覚ましい。
 水泳、体操、サッカー、ソフトボール、卓球など、東京オリンピックで活躍が期待されている競技は枚挙に暇がない。
 だがかつては女性がスポーツを行うことすら奇異に見られていた時代があった。オリンピックへの女性参加が認められたのもわずか90年前に過ぎない。

 人見絹枝はその時代に生きた紛れもないスーパーアスリートだ。
 当時、女性が海外へ行くことなどは考えられない(P35)時代にあって、スウェーデンでの国際女子オリンピックの参加を打診されると、競技者として考えると他国の選手と競い合って自分の力を世界で試すことが出来るのだ。自分にはない技術も学んできたい、記者として他国の女子の運動状況を自分の目で見てみたい、「一人でもいい」という気持ちが、不安を凌ぐ強い意識と意欲となり、喜んで参加を受けることにした(同)という好奇心旺盛な姿を伝えてくれる。
 この大会では初日こそ移動による疲労と緊張で十分な実力を発揮できなかったが、二日目の走幅跳では見事に優勝。しかも世界新記録という大跳躍を披露し、割れるような拍手が鳴りやまなかったという。

 その後も国内大会で100mと走幅跳で立て続けに世界記録を更新する活躍を見せ、念願のオリンピックの舞台に立った。それは、陸上競技としては初めて女性参加を認められた記念すべき大会でもあった。
 だが、期待された100mでまさかの準決勝敗退に終わり、失意のなかで決意したのが、経験の浅い800mへの挑戦だった。
 このままでは日本に帰れないという悲壮感と、勝つことへの執念から一歩、一歩、骨を削り、命を縮めて近づいていく。精かぎり、根かぎり追いすがっていく。これが大和魂の発露でなくてなんであろう。15mの差を僅かに2mに縮めて、今一息というところでゴールに入ったのだ(P64)という壮絶なレースを繰り広げ、世界記録を更新する準優勝という快挙を成し遂げた。

 一方、オリンピックで大活躍を見せた人見であったが、その後は過密な遠征や講演に多忙を極め、体調を崩してしまう。
 追い打ちをかけるように、不調のなかで力を出し切った大会を終え、帰国の途に立った彼女のもとへ、親類や知人からの心無い手紙が心をむしばみ、ついには病床から起き上がれないまでに至る様子は、女性スポーツに対する理解がいかに未熟であったのかを現代に伝えてくれるようだ。
 だからこそ、閉鎖的だった当時の日本、いや世界の女性スポーツ黎明期の壁を突き破ってくれた先駆者として、彼女は再び注目を集めているのだろう。
 やや誤字脱字が散見され、文章も決して読みやすいとは言えないものの、女性スポーツのパイオニアとして語り継がれているレジェンドを、本書は貴重な写真を豊富に掲載して紹介してくれている。

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