今も記憶に残る神野大地の驚異的な走り。
彼が象徴するように、2015年に行われた第91回箱根駅伝は、青山学院大学が話題を独占していた。
その勢いは大会終了後も衰えることなく、関係者は翌朝の情報番組から何度もテレビで見かけるほどで、「箱根駅伝」というコンテンツの影響がいかに大きいかを知らされた思いだ。
とりわけ本書の著者・原監督の露出度は、従来の優勝監督と比べても群を抜いていて、ワイドショーからバラエティーまで、あらゆるジャンルの番組にゲスト出演していて、いささか食傷気味な印象すら感じてしまっていた。
そんなタイミングで出版された本書だけに、やや醒めた予断を持って手に取ってみたのだが、著者の異色な経歴に興味をひかれ、意外にも読み始めたら食い入るように読破してしまった。
では一体何が異色なのかというと、第一に監督就任に至る過程が面白い。
これまで陸上競技、特に学生駅伝における典型的な指導者像というと、学生時代から実業団にかけて相応の結果を残してきた元・一流選手が、大学サイドから請われて就任するケースが大半だったと思うが、著者は(多少のコネがあったとはいえ)自ら大学サイドに売り込んでいる。
しかも安定した身分を捨て、腹の底からふつふつと滾るような思いが湧き上がってきた。青学に行きたい。陸上部監督として、箱根駅伝に出場したい。 (P125)と、36歳にして再び「夢」に挑戦する姿は、まさに同世代の私には共感を禁じえなかった。
第二に驚かされるのが、著者が学生時代から実業団時代にかけて、からっきしダメなお荷物選手だったということだ。
まじめに取り組んでいるものの芽が出なかった選手が指導者に転じて活躍している話は聞くが、大学1、2年の頃は練習に身が入らずコンパやパチンコに明け暮れていた (P59)し、実業団時代には中国電力を率いる名指導者・坂口泰からも見限られ、わずか5年で退部を余儀なくされている。 そして第三として興味深い点が、陸上部退部後にどん底からのサラリーマン人生に活路を見出し、営業マンとして大活躍してしまうことだ。
本書を読んでいると、つくづく人生は何があるか分からない、と勇気づけられる。
たしかに、著者が率いるチームが急成長できた要因として、「青山学院」という強力なブランド力が、有望選手のリクルーティングに大きなアドバンテージを有していることは間違いないだろうが、著者はそれを利用するかのように、「アオガク」ブランドに惹かれる世代をその気にさせることに成功している。
一方で、箱根駅伝というビッグイベントの果実を、過度に利用しているかに映る著者の姿勢に関しては、個人的には違和感を覚えながらも、少なくともこれまでとは異なったタイプの指導者が登場してくれたことは、チームカラーがはっきりし、ますます大学駅伝人気は高まっていくに違いない(もちろん、駅伝人気だけに止まってしまうか否かは別問題だが)。
そういえば、これまで数多くの箱根駅伝関連書籍が出版されているが、その多くは監督の過去経歴や母校の戦績などが巻末に仰々しく掲載されていたものだが、本書には全くそれらがなく、肩の力を抜いて読むことができたことも、なんとなく「アオガク」らしいセンスを感じてしまう。
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